城端時報の編集者となって、初の長めの文章が載りました(写真をクリックすると拡大)。
ーーーここからーーーー 『カジュアルデモ』 清部一夫 18の夏、帰省中の夜汽車に偶然乗り合わせた高校の同級生が「なぁセイベ、戦争になりそうになったらどうする?」と尋ねてきた。「東京へ行く!」と即答したのは日本の首都でありインターネットの無い時代、中央で働きかけねば反対はできないと考えたからだった。 現在「新しい戦前」とタモリが語ったように、日本は着々と戦争準備が進められている。 戦争に反対する数万人規模のデモが東京でゆるやかに起こっている。声高に叫び所属組織名を記したのぼり旗を掲げる昔ながらのスタイルではなく、銘々の思いを書いたボードやペンライトを持参する形でカジュアルデモとよぶそうだ。残念なことにテレビや新聞ではあまり報道されてはいないが。 実は10年ほど前に富山市内で2度、デモに参加したことがある。動員されたのではなく自発的個人参加だ。1回目はただ歩くだけだったが、2回目は『日本はアメリカの属国ではない』と書いたA3ボードを持参した。誰も反論できない弱気な主張の裏面には砺波地方の美しい風景を印刷。黙って歩くのも 芸がないので道端のゴミを拾っていたら同じ事をしている人がいて競うようにタバコの吸い殻や空き缶などを拾いまくった。だんだん楽しくなってきて袋いっぱいのゴミを持ち帰る結果となり、妙な達成感のあるデモとなったのは良い思い出だ。 さて、あれから40年以上経ち、友人は富山県警の幹部となった。彼は己が発した問いをまだ覚えているだろうか。今も僕は、ベクトルをゆるく揃えた数万の一員になりたいと思う。そして子どもたちを戦場に行かせぬよう、動くべきは今ではないかと自問している。 ーーーここまでーーーー
これまで好きなことを書いてきましたが、故山本哲也先生の遺志を継ぐ責任を感じています。 きょうは水色縞明石木綿にざっくりした生地の水色半衿、黒角帯に灰色リネン袴です。 (ブルーの文字をクリックすると関連ページへリンクします)
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2026年5月21日(木)
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