2004年12月24日

屋台の水引

92ab1f50.jpg写真は西上の屋台の水引だ。
特注の大幅のチリメンで作られている。
屋台の周囲をぐるりと一巻きにし、中が見えないようにするためだ。

御神像の恵美須さまの印である「三つ蔓柏紋」が染めてある。
もちろん正絹だ。
十数年に一度作り替えられる。
確か出丸が昨年作り直したと記憶している。
近いうちに写真をアップしたい。
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2004年12月23日

城端曳山祭のしくみ その1

c2b51ee0.jpg別の日記に書いたことだけど、
曳山巡行は山町(やまちょう)と呼ばれる六町内が年当番制で責任を持つ。
来年は西上町(うちの町内)、平成18年は大工町→東上町→西下町→出丸町→東下町と六年で一巡する。
ちなみに曳山及び屋台の順は逆で、
西上(当番町)→東下町→出丸町→西下町→東上町→大工町(六番山)になる。
すなわち当番町をつとめた町内が二番山、三番山と下がってゆき、六番山の翌年が当番町(一番山)に還る。

庵屋台ならびに所望全般をしきる若連中の庵(いおり)連合会と、曳山の巡行をしきる曳山連合会、さらに神輿渡御や傘鉾の巡行をしきる敬神会があり、連絡をとりあいながら祭を運営する。

ただ庵連合会当番町の人的負担がとても大きいので見直し案が出ている。
町内によっては若連中が少なく、所望集めができないからだ。
昨年より各町に割り振りして所望集めをお願いする事になってる。
苦労は分け合おうという精神で、連合会としてはとても助かる。  
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2004年12月22日

履物は下駄

84c5759c.jpg 昨夜はうっかり9時に寝てしまった(笑)
12月18日の日記
曳山祭は紋付袴着用と書いたが、
足元は白足袋になんと下駄である。
紋付の場合は草履が普通なのだが、城端では昔から下駄らしい。

理由は良くわからないが、
「粋」なのだろうか?

カラコロと音を鳴らしながら歩く姿もいいものだ。

難点は、
融雪装置のため(?)道路が傾斜しているので
(中心が高く、路肩が低い)
下駄が片減りしてしまう。  
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2004年12月19日

所望

3d4d896e.jpg今年の曳山祭に桐生から曳山祭を堪能しに
きもの姿の一団がお越しになった。
男性も混じってたので、それは壮観だった。

近年の曳山祭には城端町観光協会が観光所望と題して、
食事付きのお得な所望を用意している。
個人でも参加できるのでお問い合わせください。

#所望とは、簡単にいうと、
 座敷(もしくは家の前)に上がり込み、お金を払って庵唄を聴く事。  
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2004年12月18日

祭の衣装

968d95a5.jpg昨夜、日記を書こうとしたのだが
不覚にも子どもと一緒に寝てしまった。

曳山祭では町内の男衆は紋付に羽織・袴の礼装だ(すべて自前である)。
しかし、庵屋台に入る若連中は羽織を脱ぐ事を許されている。
というか、羽織を着ていては楽器を演奏しにくいのだ。
また、見た目も凛としてカッコいいし…。
屋台に入れる人間は「芸人」と呼ばれる。
もちろん素人なので、プロから見るとお笑いぐさだが、
本人達の意識は高い、
だってお金(所望)をいただいて演奏するんだから。  
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2004年12月16日

西下は「筆の傘」

3ce11b5f.jpg西下の若連中会長から連絡があった。
来年は「筆の傘」をやりたいそうだ。
とりあえず、出丸とかぶらなかったので一安心。

しかし「筆の傘」って聞いた事が無い。
まだ連合会資料すべてに目を通した訳ではないが、
この20年程やってない曲じゃないかな。  
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2004年12月15日

来年は日柄も良い

375d8e91.jpgそうそう、大事な事を書き忘れていた。
城端曳山祭は5月14日が宵祭、15日が本祭。
来年はなんと、土日開催になるのだ。
これまでも近隣市町村より遠くの観光客が多い祭だったのだが、
来年は大変な事になりそうな気がする。
すでに桜ヶ池クアガーデンの予約はいっぱいらしい。
祭の運営だけではなく観光客への対応も考えておかないと…。  
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2004年12月14日

曳山の組み立て

ac4bb5ca.jpg曳山会館に入れない年度は、
各町の曳山は分解されて山蔵に収蔵される。
近年大きな山蔵を建てた町内は分解せずにそのまま入れる。
しかし、数年に一度は組み上げないと
技術が後世に残せないので
意図的に解体&構築するのだ。

祭前の晴れた日曜日に組まれる事が多いが
三隣亡は避けるならわしだ。  
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2004年12月13日

出丸町は「川竹」

68582bcb.jpg毎日書くぞ!と言ってたが、さっそく日記を休んでしまった。

今日は定休日だったのだが、自分の時間が取れない。

出丸町の会長から電話があった。
来年の庵唄を「川竹(かわたけ)」にしたいそうだ。
12/06の日記に書いたが、同じ唄がかぶるとダメなので、
もし他町も「川竹」を選ぶようなら調整させていただかなければ…。  
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2004年12月11日

城端曳山会館

4dc2dc31.jpg市街地の中心に曳山会館がある。
6つある曳山のうち3台ずつを毎年入れ替えて展示している。
曳山を先導する傘鉾、庵屋台もセットだ。
会館では実物を見るだけではなく、曳山祭の概要や様々な情報を手に入れる事ができる。
城端に初めて来た方は是非立ち寄って欲しいスポットだ。

ここで祭当日は観光客にも庵唄を披露するし、からくり人形の演舞もある。
宵祭りの合同披露も若連中の素顔を見られるので狙い目だ。  
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2004年12月10日

もう一つの日記

980911aa.jpg別サイトで日記をつけて早3年になろうとしている。
【店長のきもの日記】
当初は毎日書く内容がなく困ったが、最近ではネタの絞り込みに悩む程だ。
(といってもたいした事は書いてないが…)
期間限定(5/31まで)のこの会長日記も、できるだけ切れ目無く続けて行きたい。

曳山祭については【店長のきもの日記】にもかなりの情報が詰まっている。
興味のある方は
サイト内検索
で 曳山祭 と入力してみて欲しい。  
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2004年12月09日

曳山祭の禁忌

7899ab88.jpg曳山祭は城端神明宮の春季祭礼だ。
よって喪中の人は祭に参加できない。
西上は極端かもしれないが祭礼前の曳山や屋台に触れる事すらしない。
組み立てる時もただ見てるだけである。
万が一の事を恐れるのだ。
それだけ曳山や屋台を大事にしている。

若連中の地方などの人数が足りず、
庵唄がまわらない場合などには、
塩を懐中して祭に参加する。
僕も2月に祖母を亡くしたので喪中の身だ。
今年の祭には参加できなかった。  
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2004年12月08日

連合会長と町内会長

a8987d6c.jpg名刺を作ろうと他の会長の名刺を探したが見当たらない。
別の帳面に綴じられてるんだろうか?
こんな些末なことにこだわってる場合ではないのかも。

西上では例年、恵友会長が連合会長を兼任する事になってるのだが、
今回初めて庵連合会長と若連中の会長(恵友会々長)を分けた。
恵友会長は稽古や町内のことに専念すればいいし、連合会長は対外的なことを引き受ける。
僕は以前恵友会長を務めたことがある。 曳山祭近くになると、若連中会長もとても忙しい。
庵連合会長は激務であるので町外で働くサラリーマンは時間の制約が多くて難しいのだ。
他町では以前からこの方法をとってるのだが、はたして西上で初の試みはうまく行くのだろうか?
幸いなことに、次期恵友会長(毎年1/20に交代する)は隣の兄ちゃんなので、顔を合わせる事も多い。  
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2004年12月07日

とりあえず名刺を作ることにした

670a55c9.jpgなにから手をつければいいのかわからないが、
とりあえず西上の若連中(恵友会)を集めて協議しよう。

それと、庵連合会長の名刺を作らなくては…。
どんな名刺にしようか?
6年前の当番町の時、西上の会長は城端絹の名刺を使った。
南砺市になって初めての曳山祭なので、これも候補かな。

そうそう、新しくメールアドレスを設定した。
これを名刺に刷り込んでもらおう…っと。
このブログのURLも入れちゃっていいかなぁ…。
愚痴日記になりそうな気配があるのでヤメた方が安全かも。  
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2004年12月06日

一月は忙しそうだ

店が休みだったのでじっくり帳面を読む事ができた。
昨年度当番町東下を読み終え、一昨年の西下を読んでいる。

一月に入るとすべきことが沢山ある。
まず、新年早々に各町の今年の庵唄がなにか書面で尋ねなくてはならない。
もし重なっていたら調整が必要だ。 これも連合会の仕事である。

毎年どの町も違った庵唄を唄う。
数年(およそ6〜7年)ごとに繰り返す町内もあれば、西上のように数十年間ぶりに端唄を唄う町内もある。
若連中は長くても20年で卒業するので、当事者にとっては新曲だ。

紙の資料と同時に今風にパソコンデータも作ってるので、利用させていただく事にする。 これも預かって来なくては。
とにかく、前会長に聞いてみよう。

今日は誕生日。 じっくり迎える42歳もいいかもしれない。

nkami-iori.jpg
  
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2004年12月05日

資料を読み始める

5月31日の庵連合会で次年度の引継をしたが、関係書類の引継がまだだった。
11月にようやく資料を預かったが、日々の忙しさに紛れて未開封のまま2週間が過ぎる。
「年内にやっておく事があるのではないか?」と帳面をみるが、なさそうなのでひと安心。
しかし、過去の会長の作業録をみると、1月に入ってからの仕事が大量にあり大丈夫だろうか…と不安になる。
まずどこから手をつけていいのかすらわからない状態なので毎日各年度の連合会資料を読む事を日課とすることにした。
ついでに、備忘録としてこのブログを始める事に…。
後に読んでくださるどなたかの参考になれば幸いである。

折しも冬の嵐で強風が吹き雨が強く降る、そのうちあられ混じりになってきて心細くなる。

pict0029.jpg  
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2004年12月04日

はじめに

越中の小京都城端では毎年5月15日に国指定重要無形民俗文化材の城端曳山祭が挙行されます。
絢爛豪華な曳山、精巧なつくりの庵屋台では典雅な端唄を若連中が演奏します。
六ヶ町の持ち回りで当番町が決められ、庵連合会長は最高責任者です。

これは平成17年度連合会長が曳山祭の詳細をお伝えする日記です。
pict0066.jpg

富山県東礪波郡城端町西上  
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